きらきらメンタルブログ

PTSDと適応障害からのV字回復

不安障害(PTSD)、適応障害からの回復までの道①

おはようございます✨

 

こんにちは🍀

 

こんばんわ🌙

 

台風の被害が極力少なく済みますように。

 

他所の家に迷惑かけないよう、やれる事はやりました(´・ω・`)

 

さて、今回から私の回復までの道のりを書いていきます♪

 

過去編 だけだと、足りないかなぁ。と思い少しずつ記事にしていきます(о´∀`о)

 

まず私は若い頃、理不尽な行為に対して怒りのパワーがすごかったです。笑

 

そして、行動力もありました。

 

起こった事柄に対し。。。

 

「こんな事のために私は負けない。」

 

「あんな奴にされた事のために私の人生を壊されてたまるもんか。」

 

もう、気合いと根性です。笑

 

ナイフの事件後は家から出ることすら恐怖を感じていました。

 

事件の次の日。

 

「ここで出れないと、二度と出れない。 引きこもり になってしまう。」

 

心は恐怖で支配されてましたが、脳から無理やり命令を下しました。

 

「私の手よ動け、開けろ。大丈夫だから。」

 

もし、この時にドアを開けなかったら。

 

開ける事ができなかったら。

 

すぐに転職し働く事ができなかったら。

 

タラレバですが、もしかしたら周りがクリニックを勧めたかもしれません。

 

連れて行ってくれたかもしれません。

 

 

「みこ なら病院は必要ないよ。」

 

「みこ なら大丈夫だと思ったよ。」

 

そんな事を当時、今の夫に言われたのを覚えてます。

 

事件後に夫と二人で外を歩いてる時に

 

「あの人、私の事を見てる」

 

道行く男性が近くを通るときに

 

不安をよく口にしてました。

 

また、見知らぬ誰かに刺されるかもしれない。

 

そんな感情に支配されてました。

 

夫は怖がる私に対して、わざと恐怖対象に近づけようとした事もありました。

早く、大丈夫。と思って欲しかったのでしょう。

 

外は恐怖の対象だらけで感情を切り離してどうにか過ごす。

 

家に居ても訪問者が怖い。

 

宅配物も受け取れない。

 

何度か宅配物の受け取りに挑戦してみました。

 

ブルブル震えながら受け取り、その後 ストレスからの反動で動けなくなったのでやめました。

 

それからは、夫や母には怖くて荷物を受け取れない事を伝え、居留守をつかっていました。

 

家の中でも心が休まらない。

 

洗濯も外に干せない。

 

どこで、また狙われるか分からない。

 

自意識過剰病と私の中で名付けてました。

 

頭では不合理な事だと理解していながら、心が追いついていないのです。

 

また、狙われるかもしれない。

 

そんな感情をおかしい。と思われるのが嫌で、誰にも言えませんでした。

 

 

不安障害にかかっていると気づかずに、結婚、出産。

 

そんな状態での初めての子育て。かわいい男の子。

 

外遊びをさせてあげたい。

 

恐怖を気合いで抑えこみ、公園によく連れていきました。

 

次第に感情のバランスが上手くとれなくなります。

 

自律神経が乱れまくり状態ですね(。´Д⊂)

 

ちょっとした事でイライラしてました。

 

自分の性格が分からなくなってましたね(。>д<)

 

そんな生活の中、二人目を妊娠したのをきっかけに マンションから一軒家に引っ越しをしました。

 

環境の変化。

 

マンションの閉鎖的な空間から、戸建てのご近所さんが近くに感じる雰囲気。

 

安心感。

 

訪問者に対しての恐怖がとても軽くなりました。

 

次第に宅配物を受け取れるようになりました。

 

 

二人の子育てにワタワタしながら、ご近所付き合い、ママ友付き合い。

 

今は程よい距離感を保っていますが、当時の私はうまく心のバランスがとれません。

 

不安障害にかかっているとも気づかず、イライラ。イライラ。

 

身体も心も不調な日々。

 

母親になる事が向いてなかったのかな?

 

自分を責める日々。

 

感情のコントロールができない。

 

感情が抑えられずに、息子を叩いた事もありました。

 

激しく自己嫌悪。

 

 

悩む日々の中、ネットで色々と調べてやっと

 

「クリニックに行こう!」

 

そう思えた時、事件から8年経ってました。

 

長男が幼稚園の年長クラス、次男が3歳の時でした。

 

 

 

「本当に病気なの?」

 

なかなか、事実を受け入れる事ができない夫。

 

 

 

「お前が精神的な病気にかかっている事を受け入れられなかった。」

後に夫は言ってます。

 

 

家事ができなくなった私。

「もう、頑張ることをやめてみる。」

 

 

「はっ?なんで」

不満いっぱいの夫

 

 

「今まで症状が出てる状態で気合いと根性で抑え込んできたのね。

 

頑張って、頑張ってきた結果が この今の状態。

 

もう、頑張る事をやめました。

 

私は、回復するために休みます。

 

時間はかかるかもしれないけど。」

 

 

「これからは、家事を手伝って下さい。」

 

プライドの高い夫は受け入れるのが大変だったでしょう。

 

 

まずは周りから固めていきました。

 

不安障害でした。と 母親、友人にも伝えました。

 

怖い気持ち、本心を隠して普通に過ごしていたので皆、驚いてました。

 

というか、半信半疑。笑

 

 

 

 

 

ここからが、やっと回復へのスタートライン。

 

ただ、8年間 気合いと根性で頑張っていた私の心は疲れきってはいましたが

 

自分でトラウマに対して苦手な事、嫌な事に向き合ってきてた事もあり

 

薬は必要なさそうだね。 8割は自分で治してきてるね。 と言われました。

 

もっと早く専門の先生の元で治療を受けてたら、こんなに苦しい思いをしなくて良かったのですが笑。

 

今となってはこの経験も私の財産です。

 

 

 

ただ一つ、後悔していること。

 

息子たちに強く声を荒げ自分の感情のまま怒り、時には手をあげてしまった事。

 

過去は戻せません。

 

息子たちには

 

「言い訳にするつもりはないよ。

 

あの時は、間違えた叱り方、怒り方をしていたね。

 

ごめんなさい。」

 

「大丈夫だよ、ママ。」

 

謝らせてくれる息子たちに感謝です。

 

そして、ありがとう。

 

 

 

パート②もまた書けたらと思います。(*^^*)

 

 

それでは、また。

 

 

愛を込めて。