きらきらメンタルブログ

PTSDと適応障害からのV字回復

私の父の事①

私は今、父親と連絡をとっていない。

 

 

父は甘えられる場所があると、とことん甘えてしまう人だからだ。

私が小学校2年の時に両親が離婚した。

 

 

原因は父のつくった億をこえる借金だ。 バブル期につくった借金。

銀行、サラ金、知り合いからとサラリーマンだった父がよく借りられたなと思う。

 

 

父は競馬が好きだった。 馬券売り場に一緒に行った記憶がある。

私はあの場所が嫌いだった。

たばこの臭い、欲の臭い、イラついた大人の感情、すべてが私の頭を痛くした。

 

 

父はストレスをギャンブル、酒、夜の町での豪遊で自分の心を満たしていた。

当然、返せる訳もなく自己破産だ。

 

 

離婚したあとも、母は「あんた達が好きなお父さんと会わせないのは可哀想。」という理由で弟を含めた家族4人で定期的に会っていた。

 

その反面、「こんな生活になったのは誰のせい?」と私や弟に聞いてくる母。

 

 

母も余裕がなかったのだろう。

子供ながらに、いびつな関係だと思っていた。

 

 

 

離婚後も夏休みは旅行に一緒に行っていた。

ほとんどが母親の稼いだお金で。

私はただ優しい父が大好きだった。

 

 

私が17の頃だ。 学校を辞めて年齢をごまかしてパブで働いていた。

同世代の子達よりお金を稼ぎ、大人の遊びをお姉さん達に教えてもらう。

 

自信のない自分を隠すかの様にブランド品で身をかためる。

 

 

父とはこの頃、二人で居酒屋で会う事が多かった。

いつもお金に困っていそうな父。

食事代、飲み代ぐらいなら。と私が払っていた。

 

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【父の事 編】は絵のテイストがガラリと違います笑 みこさんに何があった!?

 

仕事に行く前に父から電話がきた。

取り留めのない話をしたあと、 「あのさ、ちょっと10万ぐらい貸してくれない?」

 

声のトーンを変えて言う。 「。。。なんで?」

 

「。。。ちょっと、病院とかで。。」

 

「ごめん、持ってない。」

貸したらこの人のためにならない。

奢ってしまっていた自分に反省した。

 

 

ショックだった。

嘘でもいいから父親の背中をみせてほしかった。

 

当時の私は父の弱さを受け入れることができずにいた。

 

 

しばらく会うのをやめていたが、通信制の高校を卒業する頃に母から「走り書きされた紙と3万」を受け取った。

父からだった。

 

 

お金よりも不器用に書かれた紙切れのほうが嬉しかった。

もう、水に流そう。

また父と会う約束をした。

 

 

 

 

私の過去編は、小説風味でお送りしようと考えてます(^-^)

 

それでは、また。

 

愛を込めて。