きらきらメンタルブログ

PTSDと適応障害からのV字回復

ナイフ事件直後の私の心理。

他の人より、痴漢やタチの悪いナンパに出会う事が多かった。

中にはコンビニや道で目をつけられ、家まで跡をつけられた事もあった。

そんな事が多いと、警戒心も次第と強くなる。

自転車で家まで帰れない日はタクシーを使ったりもしていた。

 

 

「こんなに、気をつけていたのに。。もう、信じられない。安全な場所などない。」

 

事件にあった店はガラス張りだった。私は店をそのままにして、必死になって逃げたのだ。

 

「お店の物もお金も盗られてないよね。犯人の動機が分からないなぁ。。

君、処女? やらせろ。なんて言われなかった?」

 

デリカシーのない刑事。早く犯人を捕まえてほしくて、言いたくないことも気持ちを抑えて話す。被害直後で嫌な記憶を思い出しながら、詳細に話すのは辛かった。

 

「犯人はさ、君を狙ったよね。だってそうでしょ?外から見てたんだよ。」

 

言ってほしくない一言だった。

 

やっぱり私は狙われやすい、もっともっと気をつけないと。。

 

動機なんて私にはどうでも良かった。

 

人を殺そうとする人物が今も野放しになっているのだ。

 

新たな被害者を出してはいけないし、私は助かったけど次の被害者は分からない。

 

頭では(たまたま被害にあった、不幸中の幸いだ。)と思いたい自分と、心が追い付いてない自分がいる。

 

 

 

この日から外にいる男性は刃物をもっている感覚に陥り、また刺されるかもしれない。という錯覚に陥ってしまったのだ。

 

男性の手に持っている携帯が刃物に見える事もあった。外の世界が恐怖の対象だらけになってしまったのだ。

 

もちろん、非合理的な考えだと頭では分かっていた。

だから周りには「考えすぎだ。」「おかしい。」と思われるのが嫌で隠して過ごした。

 

 

当時の私は、この症状を自意識過剰病と名付けていた。

 

誰にも言えない、だけど怖い。

 

外にいる時は自分の感情を切り離した。

自分を守る防衛反応だ。

 

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↑ もう一人の自分(感情)。逃げ場所が必要だった。

感情を切り離して外を歩く私を、夫は「ぼーっと歩く人。」だと思っていたらしい。笑

 

クリニックに通い始めるまでの8年間は、こんな状態で過ごしていくことになる。

自分でもこの状態に慣れてしまっていて、元の感覚が分からなくなっていた。。。

 

 

~今では、よくこの状態で過ごせてたな。と過去の自分を褒めてあげてます。

本当に良いクリニックに出会えたな。と感謝してます。~

 

 

愛をこめて。