きらきらメンタルブログ

PTSDと適応障害からのV字回復

ナイフ事件後の話②

 

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10年以上前にテレビで見た、海外の女の子の話。

外で男の人から傷害を受けて、7年間まともに外に出れなくて家族にも理解されずに苦しんでいたPTSDの話だった。

 

当時の私は、彼女の恐怖がとても理解できた。

むしろ、彼女の家族が理解してくれなかったほうが信じられなかった。

 

あくまでも想像だが、彼女にとっては世の中が信じられなくて、安全な場所がなかったのだと思う。

 

カウンセラーの人に言われた事がある。

人からの直接的な個人攻撃は深く傷つく。

それを「人災」と言われた。

 

私は事件の次の日に恐怖を気合いで押さえ込み、ドアを開けて外へ出た。

ドアノブに手をかけた時に、ドアの向こうに犯人がいるという錯覚に陥った。

 

頭では非合理的な考えだと分かっていたから、拒否する身体に脳から命令を無理矢理くだしてドアを開けた。

 

ドアを開けて、犯人がいない事に安堵すると同時に、昨日までの景色とは全く違って見えて絶望したのを覚えている。

 

この日から、外に出る時は「私を攻撃する人」がすぐ外にいないか確認する謎の第一ミッションが始まった。

 

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↑ 外出する時はドアを少し開けてから左右を確認して、安全を確かめる。

 


 

外に出てから駅に着き、電車に乗り、会社へ行き、帰宅するまでに安全を図るための確認ミッションがたくさんあった。

 

今、思えば素直に「怖い、外に出たくない。」という感情を受け入れてクリニックを受診していれば良かった。

 

当時の私は無知で、PTSDなんて病名は知らなかったし、メンタル系のクリニックに行く人は薬をたくさん処方されて更に悪化してしまうループに陥いるものだという偏見をもってもいた。

 

自分は強い、恐怖に打ち勝てた!とさえ思っていた。

 

実際、テレビでやっていた海外の女の子の話を見たときも

「私は事件後すぐに働きに出れたし、引きこもってないから大丈夫。」

なんて思っていた。

 

自分がPTSDにかかっているとは思わなかったのだ。

 

「怖い、嫌だ」と感じている事を我慢し続けていくと、ものすごいストレスが身体、心にかかってくる。

 

リラクゼーションセラピストとして働いている今の私が、当時の私に声をかけるなら

「怖い、嫌だと感じる感情は当たり前だよ?

それほどの事を体験したのだからまずは休んで、カウンセリングを受けてね。

よく頑張ったね、自分に優しくしてあげて。」

 

 

今は朝起きたら、窓をあけて空気を入れて気持ち良い朝日を浴びてます。

ミッションもなく、元気に仕事に行けてます!

 

愛を込めて。   

 

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